だれもいない、すいようび。     .....06/09

音楽のない世界はとてつもなく穏やかでセンチメンタリズムに溢れていた。
私が居る此処は、壁を隔てた向こう側に、床を隔てた向こう側に、きっと沢山の人間が居て、その証拠にさっきからずっと遠くのほうでアコースティックギターの音色と話し声や笑い声が混じりながら流れてきている。
廊下の窓からは、なんと表現していいのか分からない、形容するのなら「時間の流れる音」が静かに、だけど確実に淡々と流れている。
私はその音に触発されて、幼少の頃の自分の記憶に身を任せる。
無駄に大きくなってしまった身体を持て余しながら、ああ、死んでしまいたいなぁと、特に理由も無く真っ白なまま思うのだ。
死んだらどこに行くとか死んだらどうなるとかそんなことは一切考えることも無く、ただ淡々と死んでしまいたくなる。
それはとてもまっ平らで、平坦で、彩の無い感情だった。特別欲しているわけでもないし、切実に願っているわけでもない。
ああ、空が青いなぁ、と感じるのと同じくらいに、ただ単純に。

近くに置かれたスピーカーがビリビリと音を立てて、直後、私の携帯電話が光って震える。
私はいつの間にか遠くに見据えていたはずのいわゆる「大人」へとこんなにも近づいてしまって、たとえば砂山の上から見た夕日だとか、もはや白く霞みつつあるシロツメクサのあるあの風景だとかから随分遠いところまで来てしまったのだな、となんだか悲しくなる。
悲しくなる、というのは正しくないかもしれない。でも、どうもその言葉が一番しっくり来るようだ。悲しくなる。なんだかちょっと違うのだけれど。

此処はとても遠くて近いところだ。
私は此処をとてもよく知っていて、だけど此処の何も知らない。
はじめて見た風景でも懐かしさを覚えるのは私が少し病んでいる所為だけではないだろう。
メールの送信を完了した私の手は、携帯電話をカバンの上に放り投げて、私の肩を優しく抱きしめる。
夕日によって切り取られたこの空間で私は静かに死を想っていた。
この存在が世界から切り離されることを。この存在だけが世界に存在することを。